阿弥陀堂(日立市神田町)


吉田神社の近くに、こんもりとした樹木があり、その中にひっそりと古びた阿弥陀堂(日立市神田町)がありました。
 
神田町は、かって「釈迦堂村」とよばれていたそうです。

昔の釈迦堂村、現在は下神田の墓所わきにある阿弥陀堂は何度か修築され、現在はかなりいたんでおりました。
 
小さな堂の中には50センチほどのくすんだ阿弥陀如来が祀られているといわれます。
 
立像は来迎の姿で右手は施無畏印、左手は施願印にしており、この阿弥陀仏の左右に脇待している30センチほどの二尊は観音と勢至菩薩といわれます。
 
鐘(公民館に保管されている)も残され、鐘は直径20センチほどで「文政十一年(1828)子七月ニ十一日釈迦堂村下組」と刻まれているといいます。
 
阿弥陀堂がいつ頃、建立されたか定かではありませんが、江戸時代に廃寺となった勝蔵院ではないかといわれております。
 
勝蔵院は石神外宿にあった真言宗、泉福寺の門徒寺で、徳川光圀の社寺改革にあい取り潰されましたが、九代藩主水戸斉昭の天保改革「念仏庵、薬師堂は撤去すること、但し墓にある庵室に墓守を置くことは認める」とあり廃寺勝蔵院に阿弥陀如来が祀られていたこと、墓地に残された墓守のことから考えると阿弥陀堂と勝蔵院は関係があるのではないかといわれています。
(日立みなみ風土記著)
 
阿弥陀堂は忘れられたようにひっそりとありました。

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遠い昔は寺であったというこの阿弥陀堂が徳川幕府の政策によって取り潰された無念さを感じさせられました。

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そばに石仏が草むらに埋没するようあって、古い阿弥陀堂を見守っているようにも見えました。

☆ヒサコの一句☆
 
釈迦堂の 隠れ祠や 阿弥陀堂 


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