鍛冶屋敷とカナイ神(日立市茂宮町)


熊野神社から南100メートルほどの歩道の畑の中に、通称「鍛冶屋敷」「カナイ神」と呼ばれる一区画があります。(日立市茂宮町)

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鍛冶屋とは鎌、鍬、包丁、鋸などの鉄製道具を手作業によって作っていたといいます。
 
この鍛冶屋さんが祀る神を金屋子神(かなやごかみ)といったといいます。
 
カナイ神とは金屋子神がなまって「カナイ神」と呼ばれたともいわれています。

昭和27年の区画整理時、カナイ神の
 
境界部に水路を掘ったところ、たくさんの屑鉄が発掘されたといいます。
 
現在、この地は昭和27〜28年に茂宮全域の区画整理したとき、村内各所に点在していた観音様、馬力神、石佛、石塔などカナイ地区に一括合祀したということです。

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また熊野神社より40メートルの距離に建っている二つの碑がありました。
 
供養塔と参宮記念碑が並列して建っています。

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もとは茂宮町小字石道林の茂宮公民館のある地に建っていました。
 
昭和27年〜28年に茂宮地区の野佛、馬力神、仏像をカナイ神地に集めて祀ったが、「供養塔」「参宮記念碑」は記念碑として扱ったためカナイ神に入れず現在地に移転したといいます。
 
野佛や馬力神、仏像などが、ムシムシした初夏の頃は草深く、埋もれるようにありましたが、晩秋の今はすっかり
 
草が刈り取られきれいになっていました。
 
大きな椿の木の下に並んでいるすがたはすっかり黄色にそまった秋の田園風景にとけこんでいました。

☆ヒサコの一句☆
 
石仏や 椿のもとで 冬を待つ


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