西行法師の歌碑(日立市石名坂)


6号国道にある石名坂橋の下の道を通り、坂本中学方面に坂道を上ると、県道亀作線入口に西行法師の歌碑(日立市石名坂)が建っていました。

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歌碑は民家のすぐそばにあり、大きさは碑高206センチ、幅約90センチ、厚さ約10センチの石碑です。
 
この重要な文化財は土手の上にあって、彫られた字が見えにくいのが残念でした。
 
建立当時の記述によれば「西ノ妻南側の急坂が石名坂の地名を生んだ坂で。古代の名坂浦あり。
 
西行法師のこの歌の口碑として残っている。この歌碑を後世に伝うべく。
 
昭和15年五月、皇紀2600年にあわせて有志の方々が協力して、現在地、坂の上に建立したものである」とのことです
 
碑文
 
世の人のめざめせよとて 千鳥鳴く
 
名坂の里の 近き浜辺に
 
従二位勲三等子爵令泉為義書
    
            
「早朝に、人々に目を覚ましなさいと言うように、石坂の近くの浜辺で千鳥が鳴いている」
 
大昔には、この石名坂の近くまで海水が湾入していて千鳥が住みつき、鳴いていた為に、この情景を歌に詠んだものとおもわれます。
 
西行法師(1118〜1190)は平安末期から鎌倉初期の僧で、俗名は 佐藤義清、 法号は 円位 大宝房と呼ばれていました。

もとは武士でしたが22歳で出家、陸奥、四国、九州まで諸国を旅しました。
 
また西行法師の歌碑は、日立地方には他にもあります。
 
☆ 所在地   日立市多賀町、 建立年月は不祥
 
碑文
 
おふ国分の田おもの蛙名のみして
 
ね覚めせよとて鳴く声ぞうき
 
大きさは碑高172センチ、幅約75センチ、厚さ約14センチ。 緑泥岩 台石あり。
 
 
☆ 所在地   日立市滑川町  建立年月日は昭和46年4月
 
碑文
 
大田尻衣はなきかはたかしま沖ふくかぜにみにはしまぬか
 
秀峰書 
 
大きさは碑高140センチ、幅約103センチ 厚さ約15センチ。 

黒花崗岩


1170年の頃常陸国を通って奥州をめざし、行脚の折に歌を残していかれたのでしょう。
 
およそ千年近くの時をへても色あせない情感のこもった歌に感動してしまいます。

☆ヒサコの一句☆
 
枯れススキ いにしへ人の 歌をよみ
 


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