南高野の鬱蒼とした森の中に武甕槌命を祭神とする、常陸国一ノ宮鹿島神社を勧請しました。
茂宮川下流の後瀬鹿島に大同2年(807)に創立されました。
寛永6年(1629)一村一社の鎮守として鹿島明神となり、元禄8年(1695)徳川光圀の命により一時、大甕倭文神社の末社となりました。
明治12年4月に至って現在地に鎮座されました。
鹿島神社大助祭り旧7月10日、新嘗祭12月2日が行われ、村内安泰と家内安全、五穀豊穣を氏神様である鹿島神社に祈願する御祭りです。
地域公民館の文化祭には藤田東湖揮だいの祭り用大のぼり(現在は郷土博物館に保管)を立てています。
鹿島神社の広い境内には樹齢百年余の桜、椎の常緑広葉樹林で繁茂しており、昭和53年12月に日立市緑地保存の指定を受けています。
境内には八坂神社と稲荷神社が合祀されています。
鹿島神社は鳥居の前には世にいう八幡神社の八幡太郎手割の石がありました。
当時、道の真ん中にあって義家がとおる時、道をふさいで邪魔であったところから太刀を持って二つに割ったとされる石があります。
神社は住宅街の中ほどにあって大樹にまもられ、あたりを歩いていると金木犀の甘い香りに酔いそうです。
☆ヒサコの一句☆
音もなく 境内の秋 落葉ふむ
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